先物被害回復へ新たな取組み

                                                              2015年12月〜

【主張立証の最前線の紹介】

 なかむら公園前法律事務所の松本卓也、松澤良人、下野谷順子は、名古屋先物証券問題研究会所属の弁護士です。名古屋先物証券問題研究会所属の弁護士は,現在進行中の訴訟を抱えていたり,今日,明日,明後日に,新しい被害の相談を受けるかもしれません。毎日が未知との遭遇です。

 特に,商品先物取引は,生産,加工,流通,販売に従事する業者でなければ知り得ない知識と情報を,被害者の代理人の弁護士が理解し立証することが必要です。

 ポツンと一つの訴訟を進めていたのでは,裁判官を説得できるほど,専門的な知識や業界の実情を証明できることはありません。

 名古屋先物証券問題研究会所属の岩本雅郎弁護士、粕田陽子弁護士、牧野一樹弁護士らの研究チームに、なかむら公園前法律事務所の下野谷順子弁護士が参加していたご縁から、岩本雅郎弁護士監修のもと、牧野一樹弁護士が主として著作されはじめたコラムを、なかむら公園前法律事務所のホームページでもご紹介させていただくことになりました。このコラムを使って,いわゆるデリバティブの仕組や損益の発生の仕方などの基礎知識を提供し,専門知識の応用方法を紹介し,更に,立証のための証拠などを紹介していくことに、少しでも貢献できたらとの思いによるものです。以下、適宜更新していく予定です。

【利益相反 平成21年最高裁判決とその活用法】

・業者が自己の注文でしていた差玉向かいに関し,平成21年に2つの最高裁判決が下されています。一つは板寄せ手法に関する7月16日判決で,もう一つはザラ場手法に関する12月18日判決です。これらの最高裁判決を受けて,旧商品取引所法の施行規則103条21号が新設され,差玉向かいをしている事実と利益相反についての説明義務が明文化されました。

・これらの最高裁判決は,一般には,差玉向かいを行っている場合は,業者がそれをしていることと,顧客との間で利益相反関係が生ずる可能性が高いことを説明すべき義務があることを明らかにしたと受け止められているようです。

・ただ、7月判決をよく読むと,「特定の種類の商品先物取引」とか,「専門的な知識を有しない委託者」とか,実務や被害の実態を正確に捉えて,言葉を選んでいることが分かります。ここには差玉向かいの利益相反に関する説明義務に留まらない価値判断が示されています。

・平成21年の最高裁判決の引用は省略しますが,この判決によると,「専門的な知識を有しない委託者」は被害者であることを推測させるといえるでしょう。
 また,業者から推奨を受けて取り次いでもらう対面取引では,「不適切な情報が提供される危険性」があることを示したといえるでしょう。

・業者が自己の注文で行っていた差玉向かいとは,どのような売買方法で,どのような証拠で立証されたのでしょうか?


 まず、基礎編から始まります。



■ ガソリンは夏場に灯油より高くなる。灯油は冬にガソリンより高くなる。(基礎編)

・不適切な情報が提供されたかどうかは,取引対象商品の価格形成メカニズムを理解することが前提となります。その上で,実際に取引が行われた期間について,わが国や世界中の政治・経済・気象などの出来事が,価格形成メカニズムにどう影響を与えたかを考慮して,不適切な情報提供がなされたかを吟味することになります。抽象的はいま申し上げたようなことなのですが,また,おいおい具体例をあげて解説していくつもりです。要は,価格形成の基礎となるのは,需給と理論価格だ,くらいにいまのうちは思って下さって結構です。今日は,簡単にわかる需給について話します。

・タイトルの「ガソリンは夏場に灯油より高くなる。灯油は冬にガソリンより高くなる」は,四季のあるわが国での需要期の違いを言い表したものですが,ある意味当たり前ですよね? 初夏の行楽シーズンやお盆の帰省などに車を使う人も増えるでしょうし,暖房用の灯油は暖かければ要りません。

・実際の価格推移で確かめてみましょう。下のグラフは,2003年5月から2004年8月にかけての価格推移(チャート)を示したものです。
 赤丸で囲んだ2003年5月〜11月にかけて,冬に納会日を迎える12月限の灯油の方が12月限のガソリンよりも高値で推移しています。逆に黄丸で囲んだ2003年11月〜2004年5月にかけて,初夏に納会日を迎える6月限のガソリンの方が,6月限の灯油よりも高値で推移しています。



 では,各時点での期先限月をつないでいったらどうなるでしょう?
 それぞれの時点で納会日が来るのが一番遅い限月(期先)の価格をおっていくと,次のグラフのように,3月末と9月半ばに灯油とガソリンの価格が入れ替わったことが分かります。



・そうすると一般的な傾向として,納会日が冬場の限月の場合,ガソリンより灯油の方が高くなる傾向があり,逆に納会日が夏場の限月の場合は,ガソリンが高くなるといえそうです。

・そこで,これから冬を迎えるぞという時期に,あなたが,冬場に納会を迎えるガソリンと灯油を取引するなら,「ガソリン売,灯油買」の組み合わせが合理的だとは思いませんか? だって冬場に向けてガソリンは値下がりする傾向があるなら,高く売って後に安く仕入れることができそうですし,灯油は冬場に向けて値上がりする傾向があるなら,安く買って高く売れそうだから…。でも,実は,リスクの少ないサヤ取りと称して,上の取引例の逆「ガソリン買,灯油売」の組み合わせを勧誘,推奨した業者もいるのです。




■ ザラ場と板寄せ(基礎編)

・板寄せ取引は,例えば,午前9時,午前10時,午前11時などと立ち会い時刻を定め,買い手と売り手が集まって,おのおの買値・売値を提示し,売の枚数と買の枚数がちょうど同じとなる価格を探り(仮約定値段を上下させて,売や買の注文を誘う。),その価格で全ての売と買の注文を成立させるというもので,単数約定値段方式ともいわれます。

・商品取引員は,指値の値段ごとに,自社の顧客の注文(委託)と自己取引の注文(自己)とを区別せず,売注文の合計と買注文の合計との差引枚数を注文執行します。取引参加者全体での売注文と買注文との差引枚数は端(ハナ)と呼ばれ,端が0のときに約定します。

・立会終了後,原則20分以内は,バイカイ申告時間といって,商品取引員は,実際の注文枚数に合わせて,売りと買いの同数分の売買を,自己と委託の区別をして申告することになっています。バイカイ付出しは,約定値段が決まってから委託者にその取引を押しつける手段として,悪用されることもあります。委託者の注文伝票の指値が,取消しや変更なく,約定値段と一致していることが度重なれば,値段がうごいている時(仮約定値段を上下させている立ち会いの時)までに出された注文ではなくて,バイカイ付出しによる「後出し」であると思われます。

・ザラ場取引は,正確には,取引の開始(寄付きの始値の決定)と終了(引けの終値の決定)とで板合せが行われるので,「板合せザラ場取引」です。

・寄付きと引けの間の「ザラ場」では,価格が優先され,同じ価格の注文同士では注文時刻の早いほうが優先されて,自動付合せが行われます。売りと買いの注文状況を示す「板」(イタ)画面を実際にみてみると,付合せの仕方がよく判ります。チラチラと点滅して数字が動いている様子を眺めていると,誰かが今売った,あーっ値が動いたと,見ていて飽きません。百聞は一見にしかずです。「法律家」の皆さん,是非,取引の実際をのぞいてみましょう。




■ 商品先物の理論価格(中級編)

・今日は,先物の理論価格について解説します。
 理論価格といっても,価格変動過程をモデル化してシミュレーションするような難しいものではありません。常識的に考えて分かる範囲のものです。
・モノを保管したり,運んだりするには,お金がかかるでしょう。また,需要家のためにモノを保管することは,売買代金としてすぐに現金化していれば運用できるのに,運用せずに眠らせておくことと同じで,代わりに金利負担をしていることと同じですよね。こうした納会日までの期間に応じてコストがかかるため,将来にわたるほど,高値となると考えられています(順ざや)。

   先物理論価格 = 現物価格+(現物価格×金利×日数/365)+{保管料(倉庫料+保険料)×日数/365}
・出典は,小山良,済藤友明,江尻行男編著「ゼミナール日本の商品先物市場」東洋経済新報社1994年の150頁〜151頁あたりです。




■ 売と買は常に同数なの?(基礎編)

・商品先物取引被害など投資取引被害案件を担当していると,売りが多いとか,売の自己玉の取組高とか,売と買の枚数に着目することがしばしばあります。慣れないうちは,こうした話を聞いても,よく分からないと感じるかと思います。そこで,迷わないように,押さえておくべきことを言いましょう。・・・実は,売と買は,常に同数なのです。

・そんなん当たり前じゃん,とすぐに気が付く人は,ちゃんと分かっている「法律家」ですね。売買は,当事者の一方が,ある財産権を相手方に移転することを約し,相手方がその代金を支払うことを約することによって成立する2当事者間の契約関係ですから,その売主の地位を売玉,買主の地位を買玉と考えれば,同数なのは自明ですよね。

・躓きかけた人は,顧客(委託者)の取引に目を向け過ぎているのではないでしょうか。取引の客観的内容を把握するために,委託者別先物取引勘定元帳を取り寄せてグラフ化してみると,全て手仕舞いした後には,売玉も買玉も0になって同数となりますよね。委託者が,普通の初心者なら取引期間中は買玉が多くなっているかと思います(あるいは,両建をハメられて同数だったりもしますが…)。これはこれで自然なのですが,一人の取引だけをみて偏りがあるから,全体もそうだということにはならないのです。

・イタカンは,「委託者別」の元帳ですから,期中の建玉に偏りが生じていてもおかしくはありません。でも,媒介された市場の向こう側には,必ず,反対ポジションをとった人がいるのです(そうでなければ,約定が成立しません。)。
 その日の市場全体の取引を観察すると,売り買い同数ということが分かります。
 例えば,東京商品取引所の2015年12月3日のカテゴリ別取組高表には,金(標準取引)について,合計枚数は売も買も9万5,903枚で同数です。7分類の内訳をみると,市場取引参加者自己玉の売が49,268枚,買が5,708枚,受託取引参加者自己玉の売が751枚,買が1,259枚,当業者委託玉の売が99枚,買が3枚,非当業者委託玉の売が45,341枚,買が88,182枚,市場取引参加者委託玉の売が127枚,買が214枚,受託取引参加者委託玉はなくて,一般・準取引参加者委託玉の売が317枚,買が537枚と公表されています。
 一般委託者の買が88,182枚と突出していますが,これを吸収しているのが,一般委託者の売45,341枚と取引参加者自己玉売49,268枚です。ちなみに,前日12月2日の取組高表には,合計枚数は売も買も9万6,472枚とあります。

・取引期間中の日々の取組高合計の推移は,新甫限月の最初の立会いのことを発会(はっかい)と言いますが,発会から実物取引を超えて売買が膨らみ(仮需給・かりじゅきゅう),納会日(のうかいび,最終取引日)が近づくと,実物の受渡しを前提とした取引枚数にしぼんでいくというイメージです。